前回の「シーンとアイデア」では、いくつかト書きには存在しない場面の構成を試みました。台本に存在しない演技をわざわざ作るのですから、斬新だと評価されるか、余計だと感じられるか、成功する時も失敗する時も派手になります。今回は美術ですが、こちらは演技以上に台本から得られる情報がありません。とにかく放っておけば舞台は無色で平らなままなので、何かを作れば無駄ということはないでしょう。
実は、この「無駄にはならない」というのが難しいところです。必要に応じて何かを作れば、それが「不要だった」ということにはならないでしょう。しかし、さらに「効果的だった」とされるためには、越えなければならない壁があります。ドラマツルグとして提示できる仕事からはどんどん離れてしまうのですが、効果的な美術というものに少しは貢献できるように書きました。
最後の「まとめ」は全部門に向けたメッセージです。これからはそれぞれの部門がそれぞれに活発なアイデアを出してくれますが、どうせなら互いに互いの価値を高め合うようなアイデアが湧く舞台にしたい。そのためのドラマツルグですからね。
美術との関連
撮影:伊藤大地
洗練された退廃をどのように視覚化するのかが肝となる。先の見えない退行の時代、固定化した社会、人々の胸を押しつぶす無感動、といった背景を濃厚に描き出すためには、各部門が協働することが不可欠となる。純粋にこのプランのためだけに提案するならば、以下の二点が挙げられる。
リゴレットとその他の人々の差を、衣服の丈をもって示したい。リゴレットだけが足の動きがはっきりと見えることで、彼を矮小な人物に見せることができる。宮廷においては独自の懐古趣味が見て取れ、例えばトーガ、羽織袴などが参考になるかもしれない。女性陣はドレスやスカート、庶民のスパラフチーレもロングコートなどで足元を隠す。
もう一つは宮廷と宮廷外の違いである。宮廷では先述したとおりの懐古趣味やオリエンタリズム、円柱や障子など特定のモチーフの独特な混合が効果的だろう。また、演技の計画を立てる上で、高低差を作り出し、その頂点に玉座を置くことができるとよい。一方の宮廷外は殺風景で、様式は排除され、崩れた石壁や武骨な柵で構成される。足し算ではなく、どちらもコンセプトを簡潔に表現するような舞台を模索してみたい。
蛍光灯やネオンだったり、ガラスのテーブルであったり、そういった現代的な調度を設けることは、この物語の新鮮さを保障してくれるだろう。また、服装についても、既存のシャツやズボンと丈の長い上衣の組み合わせによって同様の効果が生まれるのではないだろうか。背景の項において未来といった理由には、このような事情も含まれている。
まとめ
撮影:奥山茂亮
もともとは、人間離れして醜い主人公の中の人間らしい心や、彼に容赦なく襲いかかる運命の残酷さを描いていたのかもしれない。しかし、ここで重要なのは、世界から疎外された主人公が抱える葛藤と絶望であり、それは時代を超えて普遍的に通用する物語なのではないだろうか。そこで、社会の階層化、人々の不理解、不透明な未来、知性と感性の衰退など、現代的なテーマを中心に描くことを考えた。観客の心に何かを残すことができる悲劇を作るために、舞台・衣装・演技の各分野が本作品をより深いレベルで検討し、協働できるようなプランを作るべく、さらに改善を加えていきたい。
文責:伊藤薫