美術の方向性について書くのはそれをチーム内で共有して欲しいからではありますが、そもそも文字で長々と伝えるより、シーンを一枚の絵で表してしまった方が効果的な場合がある、という事実のせいでもあります。ですから、この文章も文章通りの美術を頼むというよりは、描いた絵のどこがこれまで書いたこととリンクしているのか、を表しています。僕に美術のセンスはないので、この絵がそのまま再現されることは望んでいません。しかし、絵の形で伝えたことで、文章だけの時より、美術の方々の中には「次の絵」が形成されやすいのではないか、と思うのです。

 

美術の方向性

ドラマツルグとしての提案は以下のとおりである。原作の時代を再現することは制約が多く、予算からしても難しい。無関心・無理解が人々の心を歪めていく、というテーマ自体はどのような時代でも成り立つと思う。今回は、現代の延長線上に表れる世界として、近未来をイメージすることを提案したい。社会の階層化が進み、科学は衰退の局面に入り、人口は減少に転じている、というような背景のもと、既存のモチーフを組み合わせた懐古趣味に浸る富裕層と、ネオンの光る寂れた路地に暮らす下層階級、といった差を生み出すことを考えている。

 

①大道具

大きな構造としては、宮廷内にリゴレットのいる最下層、宮廷人のいる場所、マントヴァ公の玉座と高低差をつけることが必須である。その後も、他の登場人物から見えない陰で歌う場面は多い。リゴレットの家・塀の外、スパラフチーレの家の中・ドアの前と、高さ別にエリアを設定することは有用であると思われる。

 

宮廷:赤

マントヴァ公のパーソナルカラーである赤を中心とする。壁のシルエットには斜線や曲線を多用し、異様な印象を与える。懐古趣味とオリエンタリズムの混合によって、古風だが浮世離れした調度を考案していただきたい。個人的には、コリント式の円柱と変形した屏風または障子をイメージした。近未来として描くならば、高層階であるような背景も効果的かもしれない。

 

リゴレットの家:白

主に直線的、モダンで落ち着いた雰囲気である。家具についても平行・垂直を基本としたシンプルなものを用いる。難しいことだが、ガラスのテーブルなど、用いることができればちょうどいいかと思う。閉じ込められている、といった印象は与えたくない。主に庭先を用いて、穏やかなランプやツタの這う柵などで軟らかい印象を与えたい。

 

スパラフチーレの家:灰

周囲の建物はゆっくりと崩壊を始めている、寂れた路地をイメージしている。一階にはネオンの鈍い明かりに照らされた酒場があり、住居はその上にある。路地にはそっけない街灯やゴミ箱が乱雑に置かれている。

 

②衣装

男声合唱の基本方針として、ドレスシャツにスラックスといったシンプルな衣装の上に、足もとまで伸びる丈の長いガウンやトーガを併せ、なるべく足元が見えないように隠す。これに対して、リゴレットは常に足の輪郭が見え、両者の差を視覚的に明確にしたい。マントヴァ公についても、ジルダとの二重唱などでは上衣を脱いで現れ、貧しい学生に見えるようにする。

 

マントヴァ公:赤

素のマントヴァ公として、ドレスシャツとスラックスの学生らしい出で立ちを考え、その上に彼の権威と放蕩を示す、派手な赤の着物を着せる。ただし、宮廷人たちとの違いとして袖をなくすことで、重厚さだけではなく、若さや幼さのようなものも感じられるようにしたい。

 

リゴレット:青・黒

腰までの丈のジャケット、青と黒という暗い色であるが、道化として市松模様や大きな襟などの派手なガラおよびデザインである。中には黒で統一したピッタリとした上下を着ており、これについてはワイシャツより、タートルネックなどを用いてもいいかもしれない。

 

ジルダ:白

ワンピースまたは極シンプルなドレス。足し算よりは引き算で考えて、素朴で愛に満ちた若い娘として描きたい。

文責:伊藤薫